僕たちの集会所

生意気な若者がお送りする等身大のオピニオンメディア。

ぼくは人の気持ちに土足で踏み込める人になりたい

うっす!!
「上田」です!!!ブログの記事は青臭さがテーマです。
さてさて、今日は「人とのコミュニケーション」についてぼくが思うことを書いていと思う!

 

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衝突を恐れず、相手の懐に飛び込んでいく

 

単刀直入なんだけど、ぼくはみんなもっと人の気持ちに土足で踏み込むってことをすべきだと思うだ。

いやさ、「こんなこと言っちゃまずいよな・・・」「ここは触れちゃいけない・・・」みたいな心遣いは確かに大切だよ?でもさ、それと同じくらい「感情をぶつけ合う」みたいなことも大事だと思うんだ。

何というか、今って社会全体として「衝突」を恐れすぎていると思う訳。

少しでも何か攻撃的な意見を発信しようものなら、やれ炎上だ、ハラスメントだ、コンプライアンスだと騒ぎすぎだと思うんだ。それが凄く息苦しい。

対人関係でも、大人になると「一定の距離」が求められる。出来るだけ相手の懐に入らないように気を使い、衝突が起こらないようなコミュニケーションを心掛ける。

これってどうなのよ?っていうのが、今回の問題提起。

 

だって、本来物事って「衝突」しながら発展していくもの。

ぼくたちのライフスタイルを一変させた革新的な製品だって、最初は使い物にならなかったものを、「こうしたらどうか?」「ああしたらどうか?」っていう試行錯誤、つまりは多くの人たちの「衝突」の上に生まれたものだと思うんだ。

で、これは人間関係でも同じ。互いの違いに思い悩み、時にぶつかり合いながら関係は深くなっていく。じゃあ、どうすればそうした「衝突」を起こせるのかって言うと、「相手の心に土足で踏み込む」しかないと思うんだ。別の言い方をすると、相手の懐に飛び込むっていうのかな。

当たり障りない、相手を傷つけないコミュニケーションで衝突なんか起きないよね。

「これ言ったらマズいかな・・・」「これ聞いちゃアカンよなぁ」ってことを「敢えて」ぶつけてみる。ここは踏み越えてはいけないっていう「最低限のライン」を確保した上で、相手に対してもっともっと攻めてみる。

それは怖いことでもあるけれど、その人と深い関係になりたいと思うのなら、勇気を出してそれをしてみる必要があると思うんだ。

 

衝突がない関係って楽だけど寂しくない?

 

で、なぜこんなことを言うのかって世の中「衝突」を避けるようなコミュニケーションばかりで寂しいから。いやさ、核心をつくようなことを言わないと確かに傷つくことはないんだよ。敵を作らず、波風立てない、「その場しのぎ的」なコミュニケーションは出来る訳よ。

でもさ、それはあくまでその場しのぎなんだよ。つまり、そのとき話をしたのが別にあなたじゃなくてもいいってこと。これって寂しくない?

「あいつマジムリ」って言われるより、「あいつ?別にどうでもいいかな」って言われる方が遥かに寂しいし、悔しくない?傷つく方が嫌という人もいるかもしれないけど、ぼくは「存在を無視」される方が遥かに辛い。99人に無視されてもいいから、1人に君の考え方って素敵だねって言われたい。

なんか、メンヘラみたいなこと書いちゃったけど、みんなもっと人間関係に「衝突」を増やしてみてもいいんじゃない?更に言うと、もっと自分の思いを発信してもいいんじゃない?どうやってもすべての人に好かれることなんてできないんだから、自分の思いを相手にぶつけてみようよ。

そうじゃないと嫌われもしないけど、好かれもしない、居ても居なくて変わらない人になっちゃうよ。本当の意味で仲間を作るために、衝突し、傷つくことを恐れない勇気を持とうよ。

 

僕がブログを書く理由は、みんなの心に衝突を起こしたいから

 

ぼくはブログを通して、自分の考えを発信することでみんなの心に衝突を起こしたい。ぼくの考え方を押し付ける気はサラサラないけど、ぼくが発信した考え方がみんなにとって「それは違うだろ!」「俺はこう思う!」っていうふうに「何かを考えるきっかけ」になってくれたら嬉しい。その意味でもっともっと影響力のある発信者になりたい。更に言うと、そういうぼくの態度に影響を受けて、みんなもどんどん「発信する側」になってくれたら嬉しい。

 

追伸

 

発信者は、勇気を持って人の気持ちに土足で踏み込むようなことを発信して、どんどん拒否されよう。敵を作った分だけ見方も増えるんだから。