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僕たちの集会所

生意気な若者がお送りする等身大のオピニオンメディア。

君は親を尊敬してはいけない。本当に親のためを思うのならまずは親を捨てよう。

オピニオン

うっす!!

「上田」です!!!

今回は「親」についてぼくが思うことを書いていこうと思う!!

 

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「親を尊敬」の何に違和感を抱くのか?

 

就活の面接なんかの定番の質問として、「尊敬している人は誰ですか?」っていうのがある。で、こんなことを言う人がいる。

 

「はい!!尊敬している人は親です!」

 

これ実際、面接官の人がどう思うかはわからないけど、ぼくだったら、

 

「ああ・・・良くも悪くも純粋に生きてきたタイプなんだろうな・・・おめでたいな・・・うーんいい子なんだろうけど、自分の頭で考えるのは苦手なタイプなんだろうな・・・」

 

って思う。

こんなこと言うと、

 

「は!?ふざけんなよ。親を尊敬して何が悪いの?」

 

って言う人がいるだろう。

うん、親を尊敬することは悪いことじゃないよ。

だけどさ、そんなこと言う人って本当にちゃんと自分の頭で考えてる?

尊敬する人がわからないから、付け焼刃的に親を尊敬しているなんて言ってない?

 

だってさ、ぶっちゃけ親なんて尊敬できるもんじゃないでしょ!?大抵の場合は。

 

「私を育てるために一生懸命働いてくれたから!!」ってわかるんだけど、それは尊敬に値することなのかな。親としての義務を果たしただけだと思うんだけど。

産んだ以上は育てるっていうごくごく当たり前の、人としての義務を果たしただけでしょ。感謝することはあっても、尊敬することはないんじゃない?

 

でさでさ、幼い子どもが親を凄いと思うのはわかるんだよ。

ぼくも幼い頃は親のことを、

 

「やっぱ大人ってすげえ・・・何でも知ってるスーパーマンだ!」

 

とか思ってました。

でも、ある程度身の回りのことが自分で出来るようになり、更に「自我」が芽生えてくると親の言動に対して、

 

「いやいやいやいや!さっき言ったことと矛盾しているでしょ!」

 

「あなたのためを思ってとか言うけど、それって自分のために言ってるでしょう。」

 

「うーん・・・価値観が合わないなぁ・・・」

 

とか思うことが多くなりました。

でも、これって自然なことでしょ?

自分が成長するに従って、親も一人の人間であるということに気が付きます。完璧超人でも、スーパーヒーローでもない、日々を生きるのに四苦八苦している一人の人間だということに気が付きます。

何というか、親を尊敬しているとか言う人は、そういったことに気が付かずいつまでも親をスーパーヒーローだと思っているか、あるいはそう思い込まされているのか、そうした真実の姿から目を背けているかようにしか思えないのです。

反抗期がない子は、親から見れば扱いやすい良い子とも言えるでしょうが、逆に言えば「親離れ」できない自立心がしっかり育っていない子とも言えるのです。

私が、「親を尊敬」という言葉に違和感を覚える根本には、そこに「自立心の欠如」が垣間見えるからです。

ですから、たとえ心の底から尊敬できるような親であったとしても、「精神的に自立する」という意味で一度自分の親を疑ってみて欲しいのです。

 

参考

 

【自立のため、無意識に親を嫌いになるのが"反抗期"】


「もともと子どもは親が大好きで、甘えたいものです。ところが、いずれは親から離れて自立する必要があるために、ある時期になると無意識に親のあら探しをして、必死に嫌いになろうとするのです。その結果、両親に強い不満を感じ、反抗的な態度を取るようになる、これが反抗期です」

学生の47%が「経験ない」。反抗期を経験しないと、人間関係がうまくいかない? | 社会人ライフ全般 | 社会人ライフ | フレッシャーズ マイナビ 学生の窓口

 

親に恩を返すためにこそ、一度親を否定する

 

先程「自立」というキーワードを出しました。

で、自立するためにこそ親を尊敬するのではなく、否定しようということを書きました。ここの部分を掘り下げていきましょう。

 

「え?親に恩返しするために親を尊敬しないっておかしくない?」

 

と思う人もいるでしょう。

違うんです。親を尊敬していると親を超えられないんです。もっというと、「親の監視が及ぶ範囲」という非常に狭い世界から逃れられず、自身の成長をストップさせてしまうのです。親を尊敬していると。親はある意味それで安心するでしょう。親とは何だかんだいって子どもをいつまでも手の届く範囲に置いておきたいものだからです。

しかし、そうした親の引いた枠線の範囲内をはみ出さないように生きることは本当の意味での親孝行でしょうか?

ぼくは違うと思うのです。敢えてその枠線からはみ出し、自身を成長させ、自分はこれだけ大きくなったよ!というのを見せるのが親孝行だと思うのです。

それが本当の意味で、親を安心させるということだと思うのです。

 

逆に言えば、親なんか尊敬してたらオワコンになっちゃう訳です。

親というフィルターを通した狭い世界しか見ず、それを絶対だなんて思っていたら「それ以上」にはなれないのは当然ですよね。それに、親の価値観は時代遅れで、保守的と相場は決まっています。それを妄信していても、親の劣化コピーになるだけです。

 

追伸

 

親を否定し、親を超え、その上で親に敬意を払い恩を返していくのが子どもの役目。

 

だから、親を尊敬してます!なんて気軽に言ってはいけない。

親を尊敬できる自分になるためにこそ、一度親を否定しよう。